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学習者の成長発達を促す「統合的探究学習」


これまで何度かアップしてきましたが、私はインテグラル理論や成人発達理論の思索を続けるなかで、教育分野においては特に探究学習(マイプロジェクト、総合的な探究の時間)への応用を試みています。

新型コロナウイルスの影響を受け、新たにオンラインでの学びの場として企画した「オンラインゼミ」で披露した仮説を前提に、今回新たな着想を得られたので、続編として探究学習のなかで能力と意識の成長発達を支援するために必要な要素を整理して述べてみたいと思います。


マニアックなテーマなので、どうぞご興味ある方のみお付き合いください。


1.はじめに


この投稿は高校や大学等の教育機関で行われているPBL(プロジェクト型学習、問題解決型学習)や総合的な探究の時間といわれる探究的な学びの可能を探究し、各現場で行われてる実践の質を高め、学習者をよりよく支援できればという思いから研究成果をまとめたものになります。


本文内で扱うPBLや総合的な探究の時間、マイプロジェクト、インテグラル理論等の各用語については詳しく触れていませんので、ご存じのない方は前回のオンラインゼミや他の文献を参照していただき、ぜひ前提知識を持った上でお読みください。


また、今回お伝えするのは筆者が探究中のインテグラル理論のメタフレームに着想を受けて考えた現時点の成果であり、どこかで検証されたものではありません。予め理解した上で進んでいただければと思います。



2.本質的な探究的な学びの効用


これからの社会に求められる教育を語る上で欠かせないもの。それが探究的な学びです。

従前の知識注入に終始したいわゆる教科中心の学習活動と違い、探究的な学びは、やってみる(具体的経験)-振り返る(省察的観察)‐意味づけ・価値づけ(抽象概念化)‐計画しまたやってみる(能動的実験)といった経験学習的な側面が含まれています。


経験学習サイクル

これまでマイプロジェクトに挑戦する高校生や、PBLに挑戦する大学生たちに伴走してきましたが、形ばかりのお飾りの探究ではない「本物の探究」が実現できれば、この学びはインテグラル理論でいうレベル(段階)に相応する、学習者の健全な発達に寄与するのではないかと考えています。

形式的ではない探究…成長発達を促す本質的な探究的な学びには、どのような要素が必要でしょうか。 様々な理論を手掛かりに思索を重ね、精査してきたなかで2つの要素に行き着きました。まずはそこからお話したいと思います。

3.成長発達に寄与する探究的な学びの2要素

1つめの要素は問い・環境です。 問いとは学習者がどんな問いを起点に学びをはじめているのかであり、言い換えれば探究のテーマです。 高等学校の学習指導要領でも触れられているように「自身の生き方や価値観と不可分で一体化している問い(テーマ)」であることが重要です。

環境とは学習者を取り巻く外的な要素全般を指しますが、特に探究的な学びのなかで接することになる人間の多様性といった人的環境と、失敗が許容され弱みが受け入れられ支えられていると感じられる心理的安全性などの支援的環境といった点を重要視しています。 ここでいう人間とは教員や先輩後輩同級生だけでなく、学校の外で出会う大人の多様性も含まれてきます。

そして、この問いと環境はいずれも重要であり相互補完的なものと考えます。

探究的な学びの問いがどれだけ自分事になっているものであっても、出会う人が限定的で狭い価値観を持ち、高い発達段階とは言えないような人達であれば、他者から受ける影響は半減するでしょう。

インテグラル理論では、より高い発達段階に達している人と接することで、相対する人の発達は促されると考えられ、同時に自分の発達段階を超える他者の発達の支援をすることもできないとされています。 他にもヴィゴツキーの発達の最近領域理論を見ると、今はまだ上手くできないこと・理解できないことでも、少し先の段階にいる他者と関係を結び、適切な協力が得られればその学習者の発達が促されるといわれています。

問いは可変的で、具体的経験とともに変化していきます。学習者の信念・価値感体系によって生まれている問いであれば、多様な他者との出会いが増えることで、学習者の価値観を揺さぶることができます。

また、仮に心理的安全性が担保された支援的環境があったとしても、内発的で自分事にならないような問いを起点にしていない場合…たとえば教員が自分都合でプロセスをコントロールしようとする意図が透けて見える時は、学習者の動機づけはなされません。

他にも大した動機づけもなく頭からSDGsを発端にやらせるといった場合や、教員が学習者の問いを恣意的に評価して決めてしまっている場合などは、主体的なエネルギーが損なわれていくでしょう。

自律的に学びを進めるための核…即ちモチベーションの原動力とは、リアリティや未知への好奇心、予測不可能性にあると考えます。 教員が問いの生成場面で過度に干渉して自己決定権を奪ってしまったり、いかにも答えが用意されているような状況のなかでスタートさせても気持ちが萎えるのは想像に難くありません。心理的安全性がいくらあっても、これでは学びの持続性は保てません

学びの持続性に繋がる内発的で自分事になる問いの要素。人の多様性と心理的安全性や適切な支援が得られる環境の要素。 相互補完的なこれらの要素は、探究的な学びを進めていく際の重要な素材です。まさに「学びの資源」といえるでしょう。

問い・環境は、ある程度整えることはできても教員や支援者がコントロールすることは困難であり、学校が取り巻く地域性にも左右されます。多様な人がいたとしても学習者と出会う大人のタイプの相性などもあると思います。

この「学びの資源」については、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査研究から見えてきた「学びの土壌」に相当するものと言えそうです。


学びの土壌

ここまで述べてきた学びの資源。もちろんこれらが整っていることは重要ですが、発達を促すための探究的学びを左右する2つめの要素として、今回新たにまとめたものが「学習方法・振り返りの観点」です。

主体的・対話的で深い学びにも相当するものと言えますが、ここでは学習方法・振り返りの観点を実際のイメージと照らし合わせながら具体的に論じてみたいと思います。



3.成長発達を促すための学習方法「統合的学習経験フレーム」


デービッド・コルブの経験学習モデルをはじめ、いくつかの先行研究を参照してきましたが、それらの主張をインテグラル理論の4領域と対極性の統合に着想を得て整理したのが、以下の統合的学習経験フレームです。



統合的学習経験フレーム

このフレームは個人・集団、インプット・アウトプット、そして主体・客体という対極的な3つの軸をもとに考案したフレームです。


発達を促すための探究的学びを左右する要素の繋がりとして、先述の問い・環境にこれらの学習経験を織り交ぜ、バランスよく学習者に経験してもらうことで、成長発達を支援できるのではないかと考えます。


主体のフレームは実際の学びの方法やプロセスであり、個人で行う情報収集やグループワーク、フィールドワーク、プレゼンテーションなど、学習者に経験してもらうことを表しています。


客体のフレームは主体のフレームと対となり、学習者に経験してもらったことをどのように振り返りってもらうか…つまりメタ認知の焦点を表しています。




主体のフレームの学習方法の各領域を具体的にあげると、以下のようなものが想定されます。


インプット×個人 ネットや文献からの情報収集、個別のティーチングやコーチング、個人で取り組むワークシート、オンデマンド学習、個人で行う思考や問いづくり、インタビュー etc.


インプット×集団 グループでの対話、ジグソー法、集団のティーチングやファシリテーション、集団で取り組むグループワーク、感想共有、ディスカッション、問づくり etc.


アウトプット×個人 個人で行う計画や企画の実行、KP法、ポスターセッション、説明、発表、フィードバック etc.


アウトプット×集団

グループで行う計画や企画の実行、チームワークによるアウトプットの役割分担、リーダーシップやフォロワーシップの発揮 etc.



インプットとアウトプットの線引きを明確に分けることは難しいのですが、ここでは知識の習得や新たな考え、視点の獲得を目的としているものをインプット、実際に行動してみることやまとめた意見や考えの表出を目的をとしているものをアウトプットとしました。


客体のフレームは振り返りの観点です。


4領域の経験をした後、学習者にリフレクションとして想起し、意味づけ・価値づけを行ってもらう対象になります。


自分の思考や感情、考えや価値観はどう変容したのか。同時にどのような言動をし、アクションの成果はどうだったのか。また、それらはどのように周囲に受け取られたと感じるのか。


集団として自分たちの思考、感情、価値観はどのように変容したのか。役割分担やチームワーク、グループダイナミクスによって個人では成し得ないものは生まれたのか。また、それらはどのように周囲や社会に影響を与え、どのように受け取られたと思うか。


漠然と経験をメタ認知させるのではなく、このようにメタ認知の焦点を絞ってリフレクションの問いを設けることがポイントです。


バランスを図るというのは、この4領域の経験を探究的な学びのなかで順序を問わず縦横無尽に行き来するようなイメージです。それによって自ずと学習者が適切な挑戦課題、ストレッチゾーンの学びを経験していくことになるでしょう。 この統合的学習経験フレームの8領域は、どのように探究的な学びを組み立てたらよいかの観点として「学びのデザイン」としました。


使わない筋肉は衰え、逆に使えば使うほどしなやかに鍛えられていくように、バランスを欠いている領域の経験を増やすこと、振り返りの焦点として思い起こすことがこの主体・客体のフレームの観点としては重要になります。


知識のインプットを欠いたグループワークやフィードルドワークも、成果や社会への影響ばかりで個人の思いや価値観への観点を欠いた振り返りも、不十分という訳ですね。


主体のフレームの経験に偏りが生まれるということは、客体のフレームでの振り返りの観点で想起される経験の量・質にも直接影響します。学びの資源と同様に、これらは相互補完的な関係にあるといえるでしょう。





4.統合的探究学習(Integrative Inquiry Learning)


ここまでインテグラル理論や経験学習理論などを手掛かりに、学習者の成長発達を支援する要素を論じてきました。


今回この成長発達を促すことに重きをおいた探究的な学びを「統合的探究学習(Integrative Inquiry Learning)」と名付けました。


自身の現場での経験、暗黙知の言語化も試みて体系化してきたので、抜けもれている視点や論じ足りない部分も多々あると思います。文字にしきれなかった部分、ニュアンスとして表現が難しい部分は割愛していますのでご容赦ください。


もしかすると既に教育界の研究者やインテグラリスト(インテグラル理論の実践者)のなかでこのように考え至っている方もいるかもしれませんが、私のこの考察とまとめが現場の皆さんの何かのヒントになれば有難い限りです。


この理論は一旦まとめてみたというレベルのため、今後どんどんアップデートしていくことになると思います。ぜひ何かお気づきの点があればご意見ください。


カリキュラムマネジメントの役に立った、使えそうかも…なんて言葉をいただけたりすると、今後の研究の励みになります。


5.さいごに


なぜこの探究的な学びを私が探究しているのかについて、最後に思うところを書いてこの投稿を締めくくりたいと思います。


これからの時代に求められる力として重要視している探究的な学びですが、私が拠点としている新潟も含め、全国ではまだその重要性を理解している方が現場では少数で、残念ながら形ばかりのお飾りな探究が蔓延っています


一部では本質を理解し地域と協働した探究的な学びを展開する学校もありますし、探究を核とする学びにシフトしたところも出てきていますが、それもごく僅か。


特に都市部の進学校については、未だに大学進学のための受験教育の域を出ていない高校ばかりで、その環境で学ぶ生徒達の未来を考えるとなんともいえない気持ちになります。


日を追うごとに先進的な地域とそうでない地域の差は開くばかり。公教育で公平性を謳うのであれば、本当にこのままでよいのでしょうか。


もちろん選択の自由がありますから、これから私たちが迎える社会や彼らに待ち受けている変化の兆しを報せた上で、なおも本人が旧態依然の価値観で占められた環境を選ぶのであればそれでも構いません。 しかし、子どもたちを囲って情報統制をし、自分たちの都合のよいように選択肢を奪っておきながら、その役目を終えたら「あとはどうぞ勝手に生き抜いて」というのは次世代を育てる者としての責務を果たしておらず、もはや罪といえるレベルです。


そんななか、先般の長期間の休校とそれを受けて前倒しとなったGIGAスクール構想により、学校のICT化の整備がいま急速に進んでいます。


これによってスマートフォンやタブレットを使って教室で行われる教育だけでなく、社会と学びの繋がりの可能性も期待できます。何よりこれまで以上に教育経験のなかで、たくさんの人や情報と出会えるチャンスです。


ICTも一つの手段。環境整備がされても、そこで考えられる学びのあり方が旧態依然の域を脱していないのであれば、本質的には何も変わりません。


整備されるツールをどう授業で使っていくかという発想に留まることなく、これからの社会を見据えて必要とされる力を育むためにどう活かしていけるのか。核となる探究的な学びのために、どのような活用方法があるのかを考えていただきたいと思います。


これからの時代は、子どもに教えたことがその後役に立たなくなることも十分に起こり得ます。 これからの時代に必要なこと・学ぶべきことのなかには、学校の中では学べないものもたくさんあると思います。


そんななかで、次世代に向けて私たちができることは何か


その答えとして、どんな環境においても対応しその都度学び、変化することができる力を身につけること。そしてVUCAな社会を捉える視点を育んであげること…即ち健全な成長発達の支援ではないかと考えます。 間違っても一つでも多くの知識を覚え込ませること、あるはずのない正解・安定ルートを示しそこに誘導することではないはず。


各地で探究的な学びを推進している皆さんの実践に本研究の一端が少しでも貢献できれば幸いです。



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山本一輝


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