ティール組織への考察の第二弾です。
前回は「なぜ日本企業で全体性が失われていったのか」と「全体性を取り戻すためにすぐできる具体策」を考えてみました。
今回は、日本企業において自主経営(セルフマネジメント)の導入を考えた際にどのようなことが起こるか。経営者とスタッフでそれぞれどのように課題を克服しなければいけないのかと、その解決のための具体策を考えてみたいと思います。
まず、本題に入る前に簡単なおさらいをしましょう。
自主経営(セルフマネジメント)とは、
「セルフマネジメント(Self-management)
セルフマネジメントとは、組織を取り巻く環境の変化にたいして、誰かの指示をまたず、適切なメンバーと連携しながら、迅速に対応することです。普段、日本語として使うセルフマネジメントとはニュアンスがちがって、階層構造の組織に対比した形で「セルフマネジメント」と表記しているようです。
従来のピラミッド型組織では、トップが変化を感じ取ってから、現場に指示を下ろすまでにタイムラグが発生します。具体的な行動を起こすときには、対処すべき変化が過ぎ去っていて、別の変化が組織にふりかかっている、ということも珍しくありません。
セルフマネジメントの例として、次のようなものが挙げられます。
①人体
人体はおよそ37兆個の細胞から構成されていますが、CEOや管理職にあたるものは一つもありません。小枝に引っかかって足をすりむいたとき、足の表皮細胞は何かの指示を待つことはありません。その時の状況に合わせて適切に対処しますよね。細胞には上司がありません。
②鳥の群れ
鳥が群れで飛ぶとき、リーダーにあたる存在がいません。ぶつからないようにする、群れの中心のほうへ集まる、お互いに同じ速さで飛ぶ、この3つの暗黙の了解があるだけです。それぞれの個体は、周囲の変化を感じ取りながら、主体的に群れの飛行に適応します※1。
※1 クレイグ・レイノルズの「boids」を参照
③森林
自然の生態系では、季節の変化にあわせて、個体それぞれが複雑に反応しあい、環境に適応します。仮にCEOのような木があって、一つ一つの個体の行動について、事細かに指示をしたらどうなるでしょう。おそらく、その森林はすぐに崩壊するでしょう。
本書でも紹介されていたように、自主経営に移行する際、ティール組織と従来のピラミッド型組織を対比して考えることが多いので、経営者と現場スタッフのそれぞれで課題を考えてみたいと思います。
経営者の課題:自らのエゴを克服しスタッフを信任する
他の実践者の方も言及していますが、そもそも前提として「なぜ、ティール組織への移行をめざすのか」を経営者の方は考えないといけないと思います。
それは、ティール組織は目的ではなく手段であるべきだからです。
「売り上げが上がるから」「生産性が高まるから」といった、朝令暮改にも聞こえてしまうような理由を並べるのではなく、この問いと真摯に向き合い、自らの言葉で社員に伝えることが出来るかが最初の壁となるでしょう。「我々はティール型組織というものを通して何を為すのか」を言葉にできるか。
本書での指摘の通り、組織の発達段階は経営者の発達段階を超えて進化することはないと言われています。まさに経営者自身が、ティールの世界観を心から迎えられる準備があるかが試されるのではないでしょうか。
次いで課題になると思われるのがいかにスタッフを信頼し、目に見える権威を手放せるかです。
信頼の1つとして、それはスタッフの意思決定を最大限に尊重するということです。決定の大小に関わらず、無意識にもってしまっている「自分の方がいい決定ができるはずだ」というエゴを手放すことができるか。
経営者の方のなかには「うちは現場や管理職に任せている」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、一方で現場の方からは「任せた」言っておきながらも後々にその決定に口を挟んだり、覆されていることがあるという話もよく伺います。
また、「仲間の窮地を救うヒーローでありたい」という潜在意識が背景にあり、任せるという気持ちとは裏腹に、その役割を手放せないエゴもどこかにあるのではないでしょうか。能力が高く、現場が好きな経営者の方ほど起こりそうです。
大きな組織になると必ずしも経営者の方が採用した方ばかりではないかもしれません。しかし、スタッフの行うセルフマネジメントを信じることができないのであれば、それは信じられない人を採用してしまったということか、自分自身が居心地良くいられるためのエゴを手放せないかのどちらかになると思います。
心理学の世界では、英雄症候群(ヒーロイック・シンドローム)、救世主妄想(メサイア・コンプレックス)という言葉があります。
自分をヒーローであり救世主であるかのように思い、他者を救うことを通して自分自身の価値を肯定しようとする心理状態です。
ティール型から遠く離れた意識段階の経営者の方はこうした心理状態にはならないと思いますが、ティールを目指そうとする高い精神性・社会性、利他的視点が強い経営者の方は注意が必要です。
一人ひとりのスタッフを、あなたが救わなければならない一市民から、自立的に考え行動できるヒーローにしていきましょう。
その際、経営者が組織のなかできることは、ティール組織の器となる環境や文化から自主経営が損なわれないように保つこと、そして慣れないであろうセルフマネジメントに臨むスタッフを鼓舞し、後押しするようにエンパワーメントすることだと思います。
スタッフの課題:決断と責任への恐れを乗り越え、自己効力感を高める
もし、あなたの会社で「来月からセルフマネジメントを取り入れます」と言われたらどう感じるでしょう。
「これで自分のやるべき仕事を存分に出来るぞ!」と思うでしょうか。
それとも「え、どうしよう…嫌だな…」と不安の気持ちの方が強いでしょうか?
いくら経営者・管理職が現場のスタッフを信じていても、スタッフがその自主経営の導入に抵抗感を示していては、決して実現はできません。
後者の不安や恐れの背景には、恐らく克服しなければいけない2つの課題があると考えられます。
1つめは、決断によって発生する責任や失敗した際のリスクに対する不安。
2つめは、自立を奪われた組織によって育てられたことによる自らの意思決定に対する自信の欠如。
行政などは特に顕著ですが、無意味とも思える過剰な確認と決裁フローは、一人ひとりのスタッフの恐れや不安を消してくれますが、一方で自分で考えて行動するという意識もその力も育ちません。人間のこうした心理状態が過去に戦争など凄惨な事件を生んだのは多くの方も知るところです。
こうした環境に長く馴染んだ方に対して、仮に「責任はすべて私が取るから、あなたが最高だと思う企画を提案してくれ」といった際に、リスクを孕んだ挑戦的なプランを考えられるかというと難しいでしょう。
先日、東京で行われたフレデリック・ラルーの講演の動画を見た後にダイアローグするワークショップに参加してきましたが、そこで盛り上がった話題に、「日本の多くの雇用者が思考停止状態になっている」というものがありました。
どういう内容だったかというと、
・経営者や管理職が自社のビジョンや経営方針を発し、社内の財務状況等を情報をオープンにしたのにも関わらず、多くの雇用者はそれを見て自らの頭で考えることをしない。
・分からない情報に対して、自ら理解するために学ぼうとすることや意見を言うことも放棄している。
・異論がないから納得してくれたのかとみなしていたが、どうやらそうでもない。そのクセ、労働環境や給与など権利を主張し、社会的風潮を盾にする。
同じ社内の情報にも関わらず、自分が直接的に関係がある情報以外に対して、無関心な人が多い。心当たる方も少なくないのではないでしょうか。
日本にはこうした参加しない・無関心なのに、自分の身に分かりやすく問題が起きた時だけ改善案も述べず不満だけを言うような思考停止症候群が蔓延しているように感じます。これは政治にもいえることかもしれません。
この背景に何があるのでしょうか。
それは自己効力感が鍵を握ると考えられます。
自己効力感(self-efficacy)は、心理学者であるアルバート・バンデューラが提唱したもので、端的に言えば「自分は目標を達成する能力がある」という自己認識のことです。
アルバートによれば、人は成功を期待する必要があると説いています。
それは、一般的に言われる自信とは異なりますし自尊心の問題でもありません。 限られた特定の課題をやり遂げられる、これからやろうとしていることで良い結果を達成できるという信念を核とする概念です。
頑張れば結果につながると信じているので、努力にもパワーを注ぎやすくなります。自己効力感が大きいほど、目標を達成し結果に満足する確率も高まります。
これを、先ほどの話に合わせて考えてみると、
「自分には会社の問題は解決できない」
「自分には経営を理解することはできない」
「会社のビジョンに対して良い影響をもたらすことはできない」
と心のどこかで思ってしまっているのではないでしょうか。
日本には謙虚で控えめであることが美徳とされる文化がありますが、こうした環境で育ってきた日本人の多くは、世界的にも見ても自己効力感が突出して低いようです。
この低い自己効力感は、日本においてセルフマネジメントの導入の際に大きな障害になることが考えられます。
では、どのようにして自己効力感を高めると良いでしょうか。
自己効力感を高める方法はいくつかありますが、職場で現実的にすぐ実施可能な策として効果的なのは、達成体験と言語的説得をオススメします。
達成体験は、もっとも自己効力感を高める効果が高いと言われています。
自分で何かを成し遂げた体験が自己の信念に影響を与え、次も上手く出来るはず・もう少し難しくても出来るはずといった認知を生みます。
その人が頑張ればこなせそうな課題を与え、そして自らの意志で達成してもらうことが良いでしょう。最初はプレッシャーを無くすため失敗時のリスクが低いものを設定するのがポイントです。
達成できたらフィードバックを行い、自分自身の行動によって達成できた事実を認識してもらい、上手くいった点を振り返り、今後その上手くいった点をどのように活かしたいかを意識してもらうことが重要です。
言語的説得は、周囲からの励ましや評価によって自己効力感が高まることです。出来るかどうか分からない、少し難しい課題に挑戦する際にも背中を押すことになります。
会社の同僚以外にも、両親や尊敬する上司、その道の専門家など、信頼を置いている相手であればあるほど高い影響力と効果を与えます。自分が言語的説得を行う立場であれば、まず対象者との信頼を築くところから始める必要があります。
達成体験を積んでもらうために設定した課題を任せる際には、その人が最も信頼している人による励ましをセットで行いましょう。フィードバックの効果に対しても同様に、信頼している人による言葉の方がより効果を発揮します。
この「信頼できる人」ですが、これは直属の上司とは限りません。自己効力感を高める環境を生み出すためには、先にも述べましたが何よりも信頼関係が前提です。
給料のためだけに仕事をしている人が占める職場環境では、ともすると信頼関係はなくとも成立できてしまいます。
つまり、上司や職場環境に対する不満<給料という構図です。この構図によって上手く運営することができた企業も、かつてはあったのかもしれません。
セルフマネジメントを成り立たせるために必要な自己効力感は信頼が必要不可欠。
給料といった外発的動機づけだけでは自己効力感を育むことは困難ではないでしょうか。
フレデリック・ラルーが行ったティール組織を発見するに至った研究も、従来の組織では経済成長をすることが出来たけど、誰も幸せになれていないところに端を発したと語っています。
セルフマネジメントを成立させるために乗り越えなければならないもの
経営者はエゴを乗り越え、自身のアイデンティティにある「ヒーロー」であることを横に置くこと。スタッフを信頼し、全体性(ホールネス)を尊重できる環境をいかにつくれるか。
スタッフは「自分はよい意思決定を行える能力がある」と感じられるよう自己効力感を高めること。自己効力感を高める環境として、外発的動機による統制ではなく、信頼関係をいかに生み出すか。
前回は全体性(ホールネス)が最初のブレイクスルーになり得るといいましたが、全体性(ホールネス)に満ちた環境によって、はじめてセルフマネジメントが機能すると言えるのではないでしょうか。
3つの概念は互いに関係しあっているとフレデリック・ラルーも言っていましたが、セルフマネジメントによって解き放たれるパワーを本質的に活かしていくには、全体性(ホールネス)が重要な要素になり得そうです。
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山本一輝
Idea partners
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